SSブログ

1901 [料理]

R0083325.jpg
1901年製の「梅干し」を戴いた。今から百二十年前のその梅の姿は以外と、その面影をたっぷりと残していた。陶器の器の蓋を取ると梅の香と、塩の濃厚な香りが立上ってきた。
千葉の旧家の瓶の中に仕舞われて来たものだという。
その梅をつけた人は、どんな女性で、この年の天候はいかがなものであったのだろう。
百二十年間の存在証明のように、小さなその欠片を口に入れると塩の結晶の中に不思議な実の柔らかさがまろやかに舌先で溶けていった。意外なほど梅の赤みと、梅の姿をとどめている。
R0083312.jpg
小田原の老舗の店頭で江戸の中期か初期につくられた、梅干しをいつか見た。真っ黒でコールタールの萎びたような姿だった。溶けてかたちは失われていた。古いものでは室町時代の梅干しも、世の中には存在するという。花が咲き、実となり、百年以上の時を瓶の中で眠り続けたその姿に何か、命のようなものを感じた。
R0083308.jpg
我が家で昨年つくった梅干しを見つめた。まだ生まれたての若さと瑞々しさに溢れている。おまえさんこれから百年頑張ってみるかいと問いかけてみたくなる。
R0083315.jpg
2012年世界は慌ただしく暮れている。
21世紀が始まった1901年には、9月7日 - 清が列国(英国・仏国・米国・ロシア・ドイツ・日本などの11か国)と北京議定書(辛丑条約)に調印(外国軍隊の北京駐留を承認)されている。5月には、調理用ガスが宣伝されている。ガス灯から、台所への応用を東京瓦斯株式会社が行っている。「煮焼自在、軽便、安全」折からの女中不足から、主婦が直接煮炊きする事も多く、煙で髪が汚れずにすむ清潔さ、衛生的な面は、充分魅力的であったとある。実際に庶民に普及するのは第二次大戦後となる。と食生活世相史/加藤秀俊著にはある。
R0083318.jpg

R0083327.jpg
中国に進出したスーパーの再開がニュースで報じられていた。
日本の百年、中国の百年、地球の歴史からは本の一瞬に過ぎないのだろうが、充分な重みを感じてしまう。

梅干しの溶けゆく蒼き星の冬 SILENT

R0083267.jpgR0083268_2.jpgR0083269.jpg
nice!(43)  コメント(5)  トラックバック(0) 

nice! 43

コメント 5

KOH

百年は凄いですね。

by KOH (2012-11-27 12:04) 

Sizuku

こんにちは!

明治後期生まれの私の父も毎年梅を漬けていました。
亡くなった後に出てきた沢山の梅干しの中には
(昭和の時代に漬けられたはずなのに)塩が結晶化して実も固く薄くなっており
おかゆの味付けにしか使えないようなものがありました。
1901年の梅の方が新しい時代に漬けられたもののように見えます。
父の梅は一体なにが起きてあのようになっていたのだろう?と不思議に思いました。
by Sizuku (2012-11-27 15:50) 

ダミアン88

百年ものの梅干、南紀の梅屋でも 
ごくわずかな老舗が家宝の様に大事にしています。
時の重さを 思いはせてしまいます。
by ダミアン88 (2012-11-27 18:35) 

SILENT

KOHさま
百十一年前の日本や、世界や、生きていた人の生活を想像すると、
今の時代が有難く思えてきますね。
Sizukuさま
梅の実の条件や、塩の塩梅に保存場所などで、梅干の姿も変わるんでしょうね。黒いもののが時間を感じますよね。
ダミアン88さま
時間の蓄積は何物にも変え難い貴重なものとして、梅干も珍重されるんでしょうね。老舗の保管もどうされているか、興味深いですね。
by SILENT (2012-11-28 11:11) 

cafelamama

これが百二十年前の梅干しですか。
時の流れの中で風化せずに、
ちゃんと形をとどめていることに驚きます。
by cafelamama (2012-11-28 20:09) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

20002011 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。