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三月十八日 [樹]

明治22年川尻宝岑46歳大磯に海水浴に来る。依田学海『学海日録より』
この川尻宝岑さんの「岑」の字が入力できませんでした。字形から、「コン」又は「キン」と読みましたが、ネットで「山に今という字で?」と入力して『岑』が見つかりました。
《意味》. みね。山が切りたった高い所。また、鋭く切り込んだように険しいさま。 高くて先が とがる。けわしい。するどい。 【岑岑】しんしん. 頭などがずきずき痛むようす。 「頭が岑岑と 痛む」. 【岑】みね. 山のひときわ高くなった所。山のいただき。頂上。山頂。 とありました。

三月の中頃、宝岑さんは海水浴をしたのでしょうか。当時の海水浴は潮の流れの強い場所で棒杭につかまりじっとして海水に揉まれたようです。さながら強烈なジャグジーバス状態でしょうか。

気になって宝岑さんを検索したらデジタル版 日本人名大辞典では、以下

川尻宝岑 かわじり-ほうきん
1843*-1910 明治時代の歌舞伎作者。
天保(てんぽう)13年12月18日生まれ。江戸の鼈甲(べっこう)問屋角屋の8代川尻彦兵衛を相続。9代市川団十郎としたしく,歌舞伎新作「新開場梅田神垣」「文覚上人勧進帳」など,おおくの脚本を執筆した。心学にも通じた。明治43年8月10日死去。69歳。本名は義祐。別号に一竿斎宝洲,忘路庵。

人名は難しいですね。カワジリホウキンさん、ホウシンさんとも呼ばれていたんでしょうね。なぜかチャーリー・チャップリンが、シャルル・シャップランとフランスでは呼ばれているんだという話を思い出しました。
言葉は楽しいですね。言葉は怖い世界でもあるのですね。
「積極的平和主義」「消極的平和主義」どっちが必要なんだろう。

三月十八日.jpg
ミモザの満開の花の奥に、繊細なミモザの葉が見えました。花を愛でるより、葉や木の枝が、花を支えているという、当たり前のことを考えてしまいました。花と葉と枝と幹と大地に根をはる自然の摂理、あたりまえの光景が今朝も素敵に見えてきます。

大正4年のこの日、湘南高麗山の山頂付近の老松、一日数回火を噴き煙が立ち上がると風評。巡査をこの日派遣する。驚いたことにカゲロウの大集団が真相だった。今から100年前の話。

平成27年の今日、朝の散歩で山中の道路で大きな蟇の車にひかれた姿を見た。国道1号線のすぐ脇の草むらでは大きな蛙が静かに潜んで生きていた。


驚蟄と書くからに地震(ない)起るらし  中原道夫


俳句では地震は、ナイと読み、台湾では啓蟄は、驚蟄と書くらしい。

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