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三月二十日 [樹]

昭和18年3月20日 湘南大磯の東海道松並木の松、晴れの応召。平塚市では70本、国府20本、大磯5本、二宮5本、計100本の松を艦船用木材として供出。樹齢400年の老木なども含まれていた。
平成27年現在も、東海道国道一合線の下道路付近に樹齢400年を越す黒松の老木は数本残っている。その直径は1メートル半以上はありそうだ。
「晴れの応召」と松の巨木は、どんな艦船に利用されたのだろうか。
その100本の切り株の一部や、根は今もある場所があるかもしれない。
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先日書いた「昨日までの世界」ジャレド・ダイヤモンド著で、地球上に国家が誕生したのは紀元前3400年くらい前の三日月型肥沃地帯のメソポタミアや、メキシコ、中国、アンデス、などの地域だったという。今から5400年前の時代か。
地球上に文字が使われるようになったのが、5400年前位という。
農業の生産向上で多くの人間を生存させる条件が整ってからのことか。
文字も国家の道具として権威と、記録のために生まれたのだろう。
国家以前の、少数民族は今も地球上に暮らしている。
今から75年前の、1931年ニューギニア高地を飛ぶ白人の飛行機が、ジャングルの中に石器時代の道具を持つ人々が住む集落を発見した時、高地には凡そ100万人もの人々が暮らしていることが分かったという。地球上でもこのニューギニア周辺の人々の言語の種類は数多く、数百の島々を加えると数百の少数民族が暮らしていたという。その民族単位での境界線の話が非常に興味深い。山の民と、川の民の縄張りとなる境界線は尾根にあったという。その境界線を犯して侵入すると侵入者を殺してしまうという。
しかしあらかじめ連絡して縄張りを通過して行く道は、なぜか確保できるのだという。お互いの集団の取り決めと、境界線の引き方が小国家のようで面白い。細胞が免疫で外部からの侵入者を遮断し、または受け入れるメカニズムをも連想してしまう。

台湾の霧社事件を主題の映画「セデック・バレ」では、冒頭狩りをする少数民族の少年が、他の対立する部族に襲われるシーンから始まる。台湾の高地の自然と、部族同士の境界線。美しい台湾の自然も思い出してしまった。

1930年 台湾の山奥に虹を信仰する民族がいた。ある時海を隔てた北方から、太陽を崇める民族がやってきた。二つの民族は出会い、互いの信じるもののために戦った。

  しかし彼らは気づいていなかった。

  虹も太陽も、同じ空にあるのだと・・・・・。

1895年から50年間続い台湾の日本統治時代。その中で1930年原住民族による武装蜂起事件が起きた。台湾の映画監督ウエイ・ダーションは漫画で霧社事件を読み、映画化を決意、4時間36分に及ぶ大作を作った。
第一部「太陽旗」は苦しい生活を強いられたセデック族の人々が誇りをかけて蜂起するまでの144分。第二部は「虹の橋」日本軍と警察の報復、憎しみや家族愛による悲劇の終末132分。日本人にも必見の映画でした。
40年近く前、アメリカのニューシネマとして「ソルジャーブルー」「小さな巨人」を見た頃の感動が蘇りました。

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コメント 3

SILENT

国道一合は一号の間違いでした。
by SILENT (2015-03-20 10:43) 

sig

大磯の松並木は、そんなところにも〈お役にたった〉のですね。
霧社事件のことは日本では意図的に知らされていない気がします。五味川純平原作の映画の「戦争と人間」で一言だけ触れていて、そういう事実があったのだということを知りましたが。
by sig (2015-03-22 09:16) 

SILENT

霧社事件の出来事は、国によっても見方が異なり、時代によっても解釈が変わりますね。忘れないということと何があったのかは日本人も知らなければと思いました。戦争と人間見ていませんが重い映画のようですね。
by SILENT (2015-03-23 10:48) 

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