2月19日 [写真]
昔高校生の頃に受けた授業を思い出した。カメラのレンズが9個並んでいる不思議なカメラだつた。一回のシャッターで、9枚の画像が同時に撮れた。最近ではスマホで簡単に撮影して後処理して自在にイメージが作れる。50年前に出会ったカメラと、その頃初めて知ったフオログラムという技術がITの進化で急速に展開しようとしている。
空は今朝も美しい
空は今朝も美しい
2月18日 [花]
2月17日 [旅]
この町に住んで10年が過ぎた。大正時代末期に建てられた家が、跡形も無く壊されようとしている。恐竜のような頭の、機械があっという間に、100年近い建物の歴史を白紙にして行く。100年前の光景と大地がそこには生まれるのだろうか。残したかったのだけどと年老いた女性が、その光景に背を向けて去って行かれた。
我が家では男の子達だけの子供だが、小さな雛達は三セット今年もお目見えする。
最初の豆雛は奈良の町で出逢った。
ふたつめのカップルには、東京青山の町で。
最近の雛達はこの町で会う。
大正の家でも、紅い毛氈の雛壇に飾られていただろう姿を想像する。
この町でもママチャリで闊走する若い夫婦の姿が増えている。
我が家では男の子達だけの子供だが、小さな雛達は三セット今年もお目見えする。
最初の豆雛は奈良の町で出逢った。
ふたつめのカップルには、東京青山の町で。
最近の雛達はこの町で会う。
大正の家でも、紅い毛氈の雛壇に飾られていただろう姿を想像する。
この町でもママチャリで闊走する若い夫婦の姿が増えている。
2月16日 [写真]
建久元年1190年の今日、今から800年以上前の旧暦2月16日(新暦では3月終わりの時期か)
河内弘川寺で西行法師亡くなる。73歳。
800年以上前の人の記録が残るのも文字があればこそ。
その人を慕い、江戸の芭蕉翁が繋がり、正岡子規から、現代俳句へと連綿とつながっている。
大陸の長歌から短歌へと流れ、連歌の時代から、俳諧、発句、と繋がっている不思議。
総ては人の思いあらばこそか。
冬甍きらめく星の並びおり ムオン
空を見上げればそこも冬 ムオン
イ ン フ ル エ ン ザ に ご用心 御用心 !!!
以下は湘南こよろぎの浜から見た金時山の遠望です。その近くを足柄峠があり、西行法師も越えてきて奥州へ向かうために、この海岸を歩いたかもしれません。
河内弘川寺で西行法師亡くなる。73歳。
800年以上前の人の記録が残るのも文字があればこそ。
その人を慕い、江戸の芭蕉翁が繋がり、正岡子規から、現代俳句へと連綿とつながっている。
大陸の長歌から短歌へと流れ、連歌の時代から、俳諧、発句、と繋がっている不思議。
総ては人の思いあらばこそか。
冬甍きらめく星の並びおり ムオン
空を見上げればそこも冬 ムオン
イ ン フ ル エ ン ザ に ご用心 御用心 !!!
以下は湘南こよろぎの浜から見た金時山の遠望です。その近くを足柄峠があり、西行法師も越えてきて奥州へ向かうために、この海岸を歩いたかもしれません。
2月15日 [料理]
2月14日 [いのち]
2月11日 [世界]
数ヶ月前に、テレビを見ていて驚いたことがある。「恕」という一文字がその画面い映し出されていた。
私事ながら数年前に求めた茶掛けのような一文字の掛け軸がある。「怒」という一文字だと思い込み、大変気に入っていた。軸には平和で前向きな文字が多い、そんな中で怒りを忘れぬように、「怒」の文字が自分を元気付けてくれた。怒りを忘れた人々、怒りを出さない人、怒りのとれた丸い顔。
怒りがいけないことのようにしまわれた時代。自分だけは、この軸の「イカリ」を大切に使おうと眺めていた。そんな自分の思い込みがテレビで一瞬に砕かれた。
「怒」は「恕」であった。何ということか。「如」一文字はよく見かける。
「恕」はゆるす、おもいやる、はかる。恕とは如の心、即ち、一切を包容して進歩向上せしめんとする心のこと。
「怒」は「いかる」、「おこる」
ア:「不満・嫌な気持ちになる事があって、我慢できない気持ちを
表す」、「腹を立てる」(例:憤怒)
イ:「叱る(目下の者の言動のよくない点を注意して、今後、同じ間違い
をしないようにしっかり伝える)」
ウ:「責める(間違いや欠点などを取り上げて、言葉で追いつめる)」
又と口の違いだけで、非常に似た字ですが意味は正反対です。しかし白川静「字通」では訓が両字共に「イカル」とある。日本語の哀れが、あはれで、天晴れと同じあはれから始まっているのと同様に、「恕」と「怒」は近いものがあるのかもしれない。そんなことはないか。
大いなる勘違いから、あることが見えてきた。
数日前の箱根は山の雪が輝いていた
ガラスの森の美術館の硝子の橋も美しかった
堰を落ちる水も冬の輝き
淡雪のような水の泡
落ちるひたすらに
水の精の聲
戦争と書いて、戦争という字を、平和と読ます狂気の人たちがこの国には沢山いる!
裸の王様のことを、正直に「裸の王様だ」と叫んだのは、子供。
この国では直ぐに、子供から大人にされしまう。本当の子供はいないのか!
ネットで検索した2011年のある日の出来事に、「恕」と「怒」の白い幟に書かれた光景が出てきました。非常に印象的です。以下その記事からの引用です。
※経産省周辺(3つのテント周辺)は福島原発事故に怒る福島の女性たちと支援の女性・男性で一杯でした(朝10:00-15:00)。怒福島隊(いかり)と恕福島隊(恕=読み方はじょ、意味はゆるす)の文字の大きな白い旗が何本もひるがえり、その周辺にたくさんのノボリ旗・横断まくが林立していました。
私事ながら数年前に求めた茶掛けのような一文字の掛け軸がある。「怒」という一文字だと思い込み、大変気に入っていた。軸には平和で前向きな文字が多い、そんな中で怒りを忘れぬように、「怒」の文字が自分を元気付けてくれた。怒りを忘れた人々、怒りを出さない人、怒りのとれた丸い顔。
怒りがいけないことのようにしまわれた時代。自分だけは、この軸の「イカリ」を大切に使おうと眺めていた。そんな自分の思い込みがテレビで一瞬に砕かれた。
「怒」は「恕」であった。何ということか。「如」一文字はよく見かける。
「恕」はゆるす、おもいやる、はかる。恕とは如の心、即ち、一切を包容して進歩向上せしめんとする心のこと。
「怒」は「いかる」、「おこる」
ア:「不満・嫌な気持ちになる事があって、我慢できない気持ちを
表す」、「腹を立てる」(例:憤怒)
イ:「叱る(目下の者の言動のよくない点を注意して、今後、同じ間違い
をしないようにしっかり伝える)」
ウ:「責める(間違いや欠点などを取り上げて、言葉で追いつめる)」
又と口の違いだけで、非常に似た字ですが意味は正反対です。しかし白川静「字通」では訓が両字共に「イカル」とある。日本語の哀れが、あはれで、天晴れと同じあはれから始まっているのと同様に、「恕」と「怒」は近いものがあるのかもしれない。そんなことはないか。
大いなる勘違いから、あることが見えてきた。
数日前の箱根は山の雪が輝いていた
ガラスの森の美術館の硝子の橋も美しかった
堰を落ちる水も冬の輝き
淡雪のような水の泡
落ちるひたすらに
水の精の聲
戦争と書いて、戦争という字を、平和と読ます狂気の人たちがこの国には沢山いる!
裸の王様のことを、正直に「裸の王様だ」と叫んだのは、子供。
この国では直ぐに、子供から大人にされしまう。本当の子供はいないのか!
ネットで検索した2011年のある日の出来事に、「恕」と「怒」の白い幟に書かれた光景が出てきました。非常に印象的です。以下その記事からの引用です。
※経産省周辺(3つのテント周辺)は福島原発事故に怒る福島の女性たちと支援の女性・男性で一杯でした(朝10:00-15:00)。怒福島隊(いかり)と恕福島隊(恕=読み方はじょ、意味はゆるす)の文字の大きな白い旗が何本もひるがえり、その周辺にたくさんのノボリ旗・横断まくが林立していました。
2月10日 [世界]
「戦争」というビジネスチャンス
という記事を週刊金曜日1075号の、風速計というコラムで読んだ。
日本の若者がガードマン会社に就職し、彼は海外勤務が多いという。
仕事内容は、ライフル銃の扱いなんかの「軍事訓練」のようなものが多いという。彼いわく「自衛隊は人は守れても人を殺せるわけじゃない、自分達は自衛隊より人を殺すのが上手い」とのこと。
今年の夏に、ある国に行く予定だが、とても高額な給料が貰えるのだという。
安保法制成立後、一部の業界にとってビジネスチャンスに溢れる国に、我が国はなった。
イラク戦争は、「民営化された戦争」と呼ばれ、給食から暗殺までが外注化されているという。
世界中の貧しい国から集まり、月収十万円程度で働く戦場出稼ぎ労働者。彼らは死んでも戦死者にはカウントされない。10年以上前イラクに自衛隊員が派遣された時、現地に棺桶が持ち込まれたという話は有名だ。
10年前から、「死の制度化」は完了していた。今現在も葬儀社などで研修が行われているのかもしれない。一見「戦争」と無関係に見える業界を調べてみることで、見えてくるものがありそうだ。情報求む。
で記事は終わっている。着々と知らない世界でことは進んでいる。満洲帝国建設の時代、日本の農民人口は多く、貧困で、その貧困者たちを救うのは、政治家たちでなく、軍人たちの思想が最も近かったという話も近年に知った。国家とは何か、企業とは何か、考えさせられる。
光のレースに笑みする白兎 ムオン
ワニ騙し裸にされし冬兎 ムオン
月の兎地獄の神の腕より ムオン
という記事を週刊金曜日1075号の、風速計というコラムで読んだ。
日本の若者がガードマン会社に就職し、彼は海外勤務が多いという。
仕事内容は、ライフル銃の扱いなんかの「軍事訓練」のようなものが多いという。彼いわく「自衛隊は人は守れても人を殺せるわけじゃない、自分達は自衛隊より人を殺すのが上手い」とのこと。
今年の夏に、ある国に行く予定だが、とても高額な給料が貰えるのだという。
安保法制成立後、一部の業界にとってビジネスチャンスに溢れる国に、我が国はなった。
イラク戦争は、「民営化された戦争」と呼ばれ、給食から暗殺までが外注化されているという。
世界中の貧しい国から集まり、月収十万円程度で働く戦場出稼ぎ労働者。彼らは死んでも戦死者にはカウントされない。10年以上前イラクに自衛隊員が派遣された時、現地に棺桶が持ち込まれたという話は有名だ。
10年前から、「死の制度化」は完了していた。今現在も葬儀社などで研修が行われているのかもしれない。一見「戦争」と無関係に見える業界を調べてみることで、見えてくるものがありそうだ。情報求む。
で記事は終わっている。着々と知らない世界でことは進んでいる。満洲帝国建設の時代、日本の農民人口は多く、貧困で、その貧困者たちを救うのは、政治家たちでなく、軍人たちの思想が最も近かったという話も近年に知った。国家とは何か、企業とは何か、考えさせられる。
光のレースに笑みする白兎 ムオン
ワニ騙し裸にされし冬兎 ムオン
月の兎地獄の神の腕より ムオン