3月18日 [花]
あるベテランの役者が70余年、芝居をしていて、忘れられない感動があるという。最前列の客席で、一人のうら若い女性が下を向いて居眠っている。俳優たちも皆この女性を気にしていた。
やがて芝居が終わり、私たちは、客席に向かってご挨拶をした。
何ということだ!拍手を送る彼女の両眼は閉じたままーー全盲の女性であつた。私は溢れる涙をこらえた。
たまりかねて私は舞台から駆け下りて彼女の前にしゃがみこむと、美しい手をとり、何度も「ありがとう!ありがとう!」と礼を言った。役者の名は森繁久彌。美しい手だけが役者の言葉の上滑りの様に聞こえてきてしまうのだが。
昨日の三人の親子ずれ、三人とも心の全盲者だと知った思いです。
追伸 昔歌舞伎座に玉三郎の芝居を観に出掛けました。最前列の席から玉三郎氏と目が合ってしまいました。何か気まずい瞬間で、どうしようもなく恥ずかしい気分でした。役者は、今日の客の、乗りを感じながら演技しているという当たり前の事が、森繁さんの話から今わかった様な気がしします。
役に浸りきる役者、何処かで冷静に今という時間を意識している役者。どちらもが交互に役者の中の時間を流れているのでしよう。
冒頭のお話、幕が下りて、今日は居眠りの客に最後まで付き合わされたと、全盲のお客様を気づかずに終わるケースもあるだろうと深読みしてしまいました。最後までお読みくださり、本当に『ありがとう』
世界は多面的にみないと真実は
わからない。!