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5月10日 [ネット]

今日は契約中のインターネットプロバイダーの営業マンが、光通信回線の変更の話で見えた。
世の中はADSLからFHTLに急速に変化しているのだろう。

数年前、家の周りの電柱の存在が気になった。張り巡らされる電柱と電線。増えてきた電信柱と電話線。
あの目障りな黒い線に電気と、電信の二種類があることを知り、両者はなぜ一本化できないかと思った。
日本の高級住宅街と言われる地域では、電線も電話線も地下に埋設されて開発されるようだ。
電気は今や一般家庭ではライフラインの筆頭で、電線が家まで来ることは当たり前だ。
電気ガス水道は、目に見える配線や配管がある。電信の世界は電磁波の問題はあるが、有線から無線の世界になっている。

スマホがあれば、電話も、テレビも、パソコンも、ネットケーブルもいらなくなってしまう世界。
家の周りや、家の中に血管や、神経のように張り巡らされた現代社会。情報の洪水をテレビの多チャンネル化や、インターネットの常時接続でストレスを感じる社会は必要なのだろうか。

十数年前に家の中にLANケーブルを張り巡らして、自分でコネクターの端子の設定までした時代は、パソコン通信からインターネット環境に切り替わった時期だった。

昨年の秋、東京に出て「春画展」を見た。その時80年ほど前の、バルナックカメラを持参して撮ったフィルムを最近パソコンに取り込んで見てみた。着物で拝観だと特別入場できるという企画で、着物姿の御婦人と着物の男性の組み合わせの拝観者も多かった。

今から80年後の世界はどうなっているのか、今のネット環境を見ながら、キーボードを叩く指先を見つめてしまった。

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デジタルカメラの世界に飽きて、オールドなフィルムカメラが8台ほどにもなりました。現像機でプリントする力と努力はないのですが、金属の塊に何か心が癒されます。

春画展も大勢の人が押すな押すなの盛況で癒されました。春画たちも数多くの目にさらされて顔を赤くしていたようです。人がいない中での鑑賞も怖いものがありますが。みんなで見れば恐くない、笑いも生まれそうでした。春画は笑画とも言われっていたそうですし。

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何かお目出度いことがあるようにと、床に猩々の面を飾っています。架空の動物猩々がお酒に戯れ、顔を赤らめ、水面を舞う姿。何か好きな世界です。









   猩々の逝きし世語る五月雨に  むおん








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     微笑みは古式の笑い夏が来る      むおん






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