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5月19日 [世界]

京都こころ会議の続きから。古代から人々は仮面を被り、その仮面の表は神が顕れてきたという。
しかし現代の仮面は、自分という内面を隠すものになったという。顕われることから、隠すことへ、典型的なのがサングラスだろうか。目の動きや表情を隠し、誰の顔かわからなくする。顔を布で覆い目だけを見せる人々もいる。仮面は何かに憑依する世界から、己を匿す世界へ移った。

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こころの古層として、アニミズムという、人間と「もの」との間にある深いつながりが今も残っていると、京都こころ会議では発言されたという。日本人に今も強く残る能力。ゆるキャラという、くまモン、ふなっしー、等にもアニミズムの感覚が濃厚だという。ふなっしーは、梨であるのに、語りかけたり、飛び跳ね、皮肉を言う。

日本で戦後最初にヒットした「リンゴの唄」は、「リンゴは何も言わないけれど、リンゴの気持ちは、よくわかる」とアニミズム的だという。

もっとプリミティブになると、私の祖先は犬だった。私は鸚鵡だった。といった異類婚等や神話にもつながる。能面の猩猩も、中国の架空上の動物が水の精になてったものだという。

人が言葉を使い出した遥か昔から、大人が石を蹴るのを見て、子供が「石が痛がる」と言ったり、石が痛そうにしているかのようにふるまったりとかがある。アニミズムは言語以前と言語との境目にふれる存在であるという。

オノマトペという日本では多い表現も、何かにアニミズム的な気配を感じます。音と言葉の接近を、ものが語るように感じるからです。さらさら、しとしと、ひそひそ、パラパラ、どんどん、びよーん。

今朝はこの辺で。

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猩々と河童と話す十字草 むおん






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ぴちゃぴちゃと五月晴なる天下した ムオン




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