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01月13日 [色]

新入社員のデザイナーの卵に、課せられた仕事は朝一番で横浜工場の染色課から送られてきた糸の色が、オリジナルの色の糸と同じか電話をすることだった。此れは「検色作業」と呼ばれ、染色のロットでオリジナルから色がぶれていないかジャッジする仕事だった。茶色でも様々な広がりがあり、オリジナルから赤味が足りないとか、少し彩度をあげて10パーセント明るくとか、染め直す指示を出す場合もあった。電話で微妙なニュアンスを言葉で伝えるのは難しい。
検色作業は午前中に限られた。
光の条件が午後には赤味になったり刻々と変わるからだ。検色環境も北窓の白い部屋があればいいのだが。
老人になると見えるいろが赤味が加わるなどと個人差もでる話も聞いた。
ならば機械で計測したらばと調べるとミノルタでカラーを数値化する機器を出していた。印刷の紙の上の色の測定で、素材がナイロンとか、麻とか、アクリルと異なると測定が難しいことがわかった。
素材色というものがあることも知った。絹の赤が美しい深みがあるのに、その赤をナイロンやポリエステルの素材に同じ赤を求めても難しい。
染め直しを何回か繰り返し、黒に染めると色が重なって深みが出る。一度だけで染めた黒とは深みの幅が違う。
染色の世界の奥深さを知ったのもいい経験だった。
晒しは白く染めるということで、日に晒して白さを作り出したという。
晒屋という生成りを白に染めるだけの染色屋や、藍染だけの紺屋、茶色だけの染め屋も、それぞれあったことを知った。
染色工場へ、色見本となる糸や、布の切れ端または、色の紙を送ることを、「色出し」と言った。海外から色見本が送られて来た時、三センチ四方の小さなものもあった。染色工場が三箇所で控えをとると、色見本は、四分の1になる。そんな小さな色見本で、染めてもらった事は申し訳ないと思っている。今ならデジタルのカラー指示が可能かもしれないが、モニターのキャリブレーションすることは必須だろう。
今日は下町の左義長を見に出かけた。江戸の中頃には盛んな行事となつたという、道祖神の祭りだ。明日は海岸で大きな聖塔が九つ作られ火が放たれる。天高く左義長の火の滝祷り
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