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二月十三日 [かたち]

一面の枯野、冬枯れの凍てついた草、その草は白くなった骨のように、かさこそと音を立て、冷気の中に揺らいでいる。陽炎が立ち、生成り色の草草がほのかに赤みを見せるときくるだろう。枯れ草の重なりが妙に好きな季節。
二月十三日.jpg

明治43年(1910)2月13日午後より、湘南大磯にあった大磯座にて、故伊藤博文公国葬11/4日の活動写真を上映。伊藤公は明治42年10月11日午後5時20分発の下関行き急行が、大磯駅に特別停車し、100名以上の見送りをうけ10月26日ハルピン駅で暗殺される旅路にでた。
明治30年より伊藤公は、大磯の地に本籍を移し大磯町民となっていた。
昭和8年、太刀魚大漁で、大磯では八万七千尾、隣町須賀港では二十一万尾。一尾八銭で取引されたという。数十万尾の太刀魚が泳ぐ様、さぞ壮観だったろう。潮の流れが速いと太刀魚は横に泳ぎ、静かな海の底では太刀のように垂直に泳ぐため、現代の魚群探知機でも魚影が見つからずになり、幻の魚群となるという。昔瀬戸内の明石の魚市場に並ぶ太刀魚の姿を見て美しいと思ったのは30年の昔だ。
10年ほど前、出雲の博物館で荒神谷遺跡の黄金の太刀が展示された光景に出会ったとき、黄金の太刀魚が並ぶ様のようでこれも驚いた記憶がある。

太刀の群れ 冬海原を裂きすすめ     夢音
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sig

大磯町民の籍にあった伊藤博文公葬儀の活動写真は、記録映画としても大変貴重なものですね。残ってはいないものでしょうか。
by sig (2015-02-16 13:52) 

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