自然と人間 [言葉]
最近二つの言葉に開眼しました
「自然」と「人間」
ふたつの言葉は「しぜん」と「にんげん」と読んでいました。
或る時代か今でも「じねん」と「じんかん」と読む事も知りました。
読み方が異なるとその言葉の意味も変わってくる事を知り驚きました。
この町に住んだ九州は薩摩出身の樺山資紀という方の別荘が山の手にあり、農園を構え「自然亭」と伊藤博文が名をつけた建物があったそうです。当時は「じねんてい」と読んだそうで、此の時代の自然という文字の意味するところに興味が募りました。
ウイキでは、 自然「じねん」は自然の呉音読みであり、「しぜん」と読んだときとは違った意味を持つようになる。自然(じねん)とは、万物が現在あるがままに存在しているものであり、因果によって生じたのではないとする無因論のこと。仏教の因果論を否定する。外道の思想のひとつである。
また外からの影響なしに本来的に持っている性質から一定の状態が生じること(自然法爾)という意味や、「偶然」「たまたま」といった意味も持つ。
「おのずからそこにあるもの」といった意味がある。とあります。
人工でないものが自然(しぜん)であり、作為的でないものが自然(じねん)です。いずれにせよ、注意すべき点は、どちらもきわめて美学的な概念であるということです。
って様な言葉も探せます。
二つ目は「人間」にんげんから 「じんかん」へ
この言葉は「人間至る所青山あり」という言葉を「じんかんいたるところせいざんあり」と読むという話から始まりました。じんかんとは人の間という意味の様です。世間でしょうか。
ウイキでは、関係性に着目するために「人‐間(あいだ)」という名称があてられたとされている。人間は「社会にあるひと」を指す言葉である。また「人間」と書いて「世の中」「世間」という意味にもなる[1]。この場合「じんかん」とも読み明治期までは「人間(じんかん)に交わる」といった表現もよく使われた。
語源由来辞典では、http://gogen-allguide.com/ni/ningen.htmlとあり、
人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま)もじんかんと読むんでしたね。
じんかんイタルトコロせいざんアリの青山は漢詩の中でうたわれた「墓」の意味だそうです。
江戸期において僧釋月性の詩『將東遊題壁』より、男兒立志出郷關 (男児志を立て郷関を出ず)學若無成不復還 (学若し成る無くんば復た還らず)埋骨何期墳墓地 (骨を埋むる何ぞ墳墓の地を期せん)人間到処有青山 (人間到る処青山あり)と詠まれ有名になったとか。
張り巡らされた電線は世界を結ぶ「リンク」の関係にも見えてきます。
冬の雲たちの表情は本当に豊かです。
人間いたるところ自然ありでもあるのですね
2011-02-22 09:34
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コメント(2)
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二度と同じ空は見られませんね。
by Silvermac (2011-02-22 19:17)
こんばんは。
大正生まれの父は、時には「じねんとしていること」を勧めてくれました。
by sig (2011-02-25 21:18)