1956 [世界]
1956年昭和31年の九州は博多で街頭テレビを見上げる人達。その最前戦に立つのは子供たち。テレビの内容はプロレス中継なのだろうか。写真家井上孝治さんの撮影されたもの。
子供たちは好奇心に満ちた眼で食い入るように画面を見つめている。
2012年の今は少年少女だった彼等も60代を過ぎる年齢となっているだろう。ふと『裸の王様』という話を思い出した。開高健の初期作品にも確かこの寓話をテーマとしたものがあって大好きである。
昨日町の港で催しがあり子供たちが大勢集まっていた。現代の子供たちにも『裸の王様』を見つける力は備わっているのだろうか。
此の国では選挙が終わり、次の時代への宣告がされた。テレビに映る政治家達の顔はどこか美しくない。何か本性が透けて今のテレビには見えて来る。テレビ画面に映り込む我が顔も何か凝視出来ない嫌な顔だ。
老いるということと成熟とは何処まで比例するのだろうか。
何か後味の悪い選挙だった。不信や否定が渦巻く世界からは希望は生まれない。自分は素直に投票出来たのか。考えさせられる今日の朝。
『裸の王様』を見つけるのには子供の眼だけとは限らない。
我が眼を信じて明日をみつめよう。
『裸の王様』は今も世界中にいるのだから。
12月だというのにハイビスカスの花が元気
空を見上げて太陽を待っているのか
クリスマスは近い
春の花の様に
プリンセス・ミチコと云う名の、この町から日本全国に広まった薔薇
一重でハマナスの花を連想させる花
冬の光は真横から遠くから届く
パイプの中を希望という存在が流れている
2012-12-17 10:39
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コメント(6)
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大人が子供のまっすぐに素直に見ようとする目を汚しているのではないかと思うことがあります。子供を信頼しない大人がいるのではないかと。
by 斗夢 (2012-12-17 13:49)
斗夢さま
幸いな事に、大人もかって子供の時が必ずありました。
その頃眺めた大人の世界、思い出すのも大切な時間ではないでしょうか。汚れていないクリアーな世界を見ていたはずです。
大人たちの世界には、羨望や退屈さが見えていました。きっと
by SILENT (2012-12-17 15:48)
昭和31年にホームテレビがあるお宅は、余程のお金持ちでしょう。電気屋さんか街頭テレビが主だったと思います。
by Silvermac (2012-12-17 18:55)
わが家にテレビがきたのは昭和36年でした。
それまでは、近所の玄関先に腰を下ろしてプロレスを見ていました。
3年後の東京オリンピックの頃は、小学校にもテレビがありました。
by cafelamama (2012-12-17 21:07)
本川達雄(歌う動物学者で知られた)の「長生きが地球を滅ぼす」を読んでいます。それによると、
日本人は、動物としての自分の身体を維持するのに必要なエネルギーの30倍を使っている。使いすぎは、将来のことを考えると、とても心配。
せいぜい10倍程度に抑えたいと、いろいろな数字をあげて論じています。
日本では、使うエネルギーがどんどん増えて10倍に達したのが、昭和30年。
私も、単に気分的にですが、その頃の生活に戻るのがいいのではと、考えていました。今は、いろいろと省エネの発明がありますから、当時の不便そのままということはないはず。
今回の選挙で残念だったことの一つは、第一党になれるはずのない小政党が、だからこそ思いきり、日本の展望やあるべき姿をいってほしかのに、ということです。
by tree2 (2012-12-18 11:50)
Silvermacさま
小学校の低学年だった自分の記憶の昭和31年は、同級生の風呂屋にテレビが入った話でした。
cafelamamaさま
我が家は小学校高学年になった時に白黒テレビがやってきました。勉強しないで眼が悪くなるからと親が買うのをしぶり、兄が今どきテレビは必需品になっていると言ってくれたのを覚えています。子供はテレビが大好きでした。学校には教育用に視聴覚教室という部屋が作られたことを思いだしました。
tree2さま
人間のエネルギー使用量と食料消費物凄いものがありますね。西丸震也さんも日本人41歳寿命説なんて本を書かれていますしね。
選挙も失望した点多しですね。前を向くしかないですが。
by SILENT (2012-12-19 13:05)