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高麗の山神輿と植木市 [山]

植木市高麗.jpg
高来神社で高麗の植木市が18−19日と行われた。4月18日が徳川家康の命日だそうで、江戸時代高麗寺は御朱印地となっていた。家康の死因は、榧の実の油で揚げた天麩羅と言われているが、その命日は境内が賑わうので前日の夜、神社の御霊は山頂に神輿に乗り祭りの期間移られるのが、山神輿の由来だそうだ。夕方、神輿の前に二人、後ろに四人、大勢の綱の引き手が神輿を山の急斜面を引っ張り上げるように移動する。昔は錦の宮という社があったが今はない。
画像は山から無事下りてこられた神輿、宮司さんの手により御霊は社殿に戻った。
植木市の日射しも夏を感じさせた。
夏草2.jpg山神輿.jpg
山の麓では大きな山桐が薄紫の花を一面につけていた。昭和6年(1931)4月18日高麗神社大祭、植木市、潮干狩り等で数万人の人出。大正14年(1926)4月18日大磯で高来神社例祭、高麗止園開園式、照が崎潮干狩りで賑わう。明治36(1903)年4月18日大磯遊郭移転式。この日祝文祝詞・手踊り・花火打ち上げ。浮かれ男300人程とある。
高来神社は明治の廃仏毀釈で高麗寺がなくなり高麗神社から名を変え変遷しているようだ。
土地の長老は高麗寺山(こーれーじさん)と高麗寺(こうれいじ)と呼んでいたそうだ。
夏草.jpg
夏草のシャープな光って揺れる姿が、麦わら帽子に似合うような季節だ。昨日広島地方では夏日を超えたと言う。桜が散って、八重桜がゆさゆさと風にゆれている。
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