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もろこしが原 [物語]

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平安時代の紀行文で有名な更級日記に もろこしが原を二日三日かけてゆく という記述がある。 以下
もろこしが原といふ所も、砂子のいみじう白きをニ三日行く。「夏はやまとなでしこの濃く薄く錦をひけるやうになむ咲きたる。こは秋の末なれば見えぬ」といふに、猶ところどころうちこぼれつつ、あはれげに咲きわたれり。もろこしが原にやまとなでしこも咲きけんこそなど、人々おかしがる

『東海道名所図会』に、唐ケ原は又諸越ヶ原とも書す。片瀬河の東をいふ、東海道筋大磯と平塚のあいだを唐ケ原といふは謬なり。
平安時代の湘南一帯の地形はわからない。活断層分布マップを見ると明瞭に想像される地形がある。河川床の跡が大きく相模平野を北西から南東に横切っている。片瀬江ノ島のあたりまで河口があった時代があることがわかる。鵠沼あたりも湿地帯であり、茅ヶ崎の柳島、懐島もすべて河の中にあったと想像出来る。この間を2日か3日かけて女性の脚で歩くのは妥当な線であろう。後から書かれた記憶の中の紀行文でも大きな誤差は無いように感じる。

神奈川県藤沢あたりから大磯辺り迄の海岸線にあった湿地帯と砂丘。一帯をもろこしが原と呼んだのではないか。もろこしは唐土とも書く。唐土=唐の土、転じて中国のこと。主に唐から清までの中国を指す。海外のものを指して 唐来 唐様 ともいったようで 唐土が原は中国のものを指す呼称では無いようだ。大磯のもろこしが原は、渡来人が渡ってきて上陸した場所、不毛の地なので唐キビを植え込んで畑にした。すべて渡来にまつわる話が地名に繋がったのであろう。最近では唐土が原を トウガハラ と呼ぶ人々のが多い。 7文字より短縮して5文字、時代の音色からか。地名の呼びなも変わって行く。西行日記に大庭の庄 石神あたりの記述が出てくる。これも大磯鴫立庵との関係で興味深いが、、、続く
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植物や鉄くずの形が ストレスの形状に見えた事がある 絡まる草や鉄に意識が絡まる。

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駅員3

写真をシリーズとしてみると、梅雨空のなかから、たどっていくと、青空が一服の清涼感と安堵感を与えてくれます。
1枚目の写真の空は、まるで局地近くの高緯度地域の不毛な土地を連想させられますね。
by 駅員3 (2009-07-03 09:55) 

ナカムラ

私には鉄クズが彫刻にみえます。もろこしが原という地名、それだけでも妙味を感じます。渡来系じゃないかとか・・。
by ナカムラ (2009-07-03 12:21) 

アヨアン・イゴカー

横浜にやってきた巨大蜘蛛を思い出しました。現代彫刻ですね。
by アヨアン・イゴカー (2009-07-04 00:18) 

SILENT

駅員3さん
昔見た映画のシーンが忘れられません。
確か 若者たち というタイトルであったような
田中邦衛さんも出ていたようですが台所のアップのシーンが
強烈なリアリズムで貧困と激情を現す汚さを見せていたのですが
強烈に美しく感じたのです。不毛の地当たっている光景かも知れません。青い空とそよぐ草は一服出来る光景ですね。
by SILENT (2009-07-04 01:26) 

SILENT

ナカムラさん
錆び系統が大好きなんです。
鉄くずを巨大な瓦礫と見立てたり
鉄を大陸から伝承した人々が残したDNAの匂いを感じたり
by SILENT (2009-07-04 01:29) 

SILENT

アヨアン・イゴカーさん
横浜のクモ テレビで見ただけですが 操作する人たちが最高にかっこ良く見えましたね。文楽のような人間がダンスを演じているのがそれぞれの脚の役割を演じる 巨大な生命体。女性の彫刻家でルイス・ブルジョワの作品と似たイメージを受けました。
ブルジョワの横浜展の時は出かけましたが。
確かに動く現代彫刻ですね クモは
こちらの鉄くずはある一カ所からの光で
クモのシルエットが浮かびます
そんな彫刻家のニュースもやっていましたね。
日本では福田繁雄さんが有名ですが
by SILENT (2009-07-04 01:37) 

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